なぜ貯金できなかったのか?
~借金300(over)万円への道のり~
| 物心ついたころからうちはビンボーでした。もちろん貯金はゼロ、借金生活。 なんか家具に貼られていた張り紙をはがしたような記憶も・・・?! だからある意味それが普通な感覚もあったんじゃないだろうか? ・・・今にして思えば、無ければ借りればいいみたいな。 中学3年のころ(だったかな?)、親が離婚。詳しいことは聞いてないしそんなことはどうでもいい。 借金だらけだからもちろん慰謝料も養育費も無かったと思う。もちろんお小遣いなんて貰ったこと無かった。 たしかその頃新聞配達のアルバイトをはじめた。(高校3年くらいまで) 離婚後は母が弟とことりの親権をもつ。その後たまに実父がきてたりしてたからあまり離婚って感じがしなかった。 そんな父もいつのまにか見かけなくなった。 その後、高校2年の頃(グレもせず、新聞配達しながらでよく高校受かったよね;)母が再婚。 っていうか突然新しい父を紹介された。 そのとき反対したかったけど決めたら言うこと聞かない人だし母も若い頃から苦労したから (母との年の差17歳!)好きにすればいいよとおもった。 (数年後あんたたちが反対していたら再婚してなかったと都合のいい?こといってたっけ;;) しかしその再婚もいろいろありうまく行かず、ことりが社会人1年生か2年生の頃離婚。 H5に今の父と再々婚。文句をいいながらも今に至る。 で、肝心の借金だけど。社会人1年生になったころ元父からどういうイキサツかは忘れたけど行き来するようになる。 いわゆる現実逃避なのかなぁ?その当時の再婚相手の父のことが嫌で弟と二人で元父の所に行ったりしてた。 実父は若いねーちゃんと再婚してた。たしかことりとそんなに離れてなかったんでなかったかな? ある日、実父が「お金を借りてきてくれ」とことりに言う。 当時なにもわからないぷちは言われるがままにことりの名前でお金を借りてくる。 たしか車の修理代だかなんだかと言っていたが今となってはくわしくはわからないけど、 どうやらシュミの無線の機械を買ったりしていたようだ。 またあるときは弟に自分の車を貸し事故られ、その修理代にことりの名前を貸してくれと言ってきたこともあった。 そういう感じで何度も「名義貸し」みたいなことをさせられた。 頼まれるたびに、「払ってくれないから嫌だ!!」と言いたかったけど、 断ったらお金くれないような気がしたし腐っても実父。 どこか信じていた。信じていたかった。でも変わらなかった。「ちゃんと払うから」と毎回同じセリフ。 毎回初めだけくれてあとは半分だったりくれなかったり・・・。 ついにはわけもわからないままサラ金にまで借りに行かされたりもした。 もちろん名義はことりだからぷちに催促がくる。会社にも電話が来る。 当時はまだよくわかっていなかったことり.。 自分の名前で借りても実父に借りさせられたといえば何とかなるかと思ったときもあったが、 よく考えりゃそんな訳ないっしょ;;。 実父が明日お金くれるといってたからサラ金業者には「明日払います」という。 ・・・が、実父は約束を破る。無きゃ無いっていえばいいのにそういうこともいわない。 父に、「代わりに電話して言ってよ!!」と電話したらそのときは「わかった」という。 初めはしてくれてたらしいがそのうちしなくなり、またサラ金から電話が来る。 実父に確認すると「今日しようと思ってた」っていうのが何度も続く。 しまいには家にまで取り立てが来る。母達には言えない。・・・っていうか誰にも言えなかった。 催促の電話が嫌で限度内で借りて返しての繰り返し。もちろん自分の給料からも払っていたけど全然足りない。 そういう行為が「自転車操業」と呼ばれていると知ったときには借金はゆうに300万を超えていた。 たった10万だか20万が15年後には300万以上に膨れ上がっていた。 ・・・にもかかわらず、実父は内地で出稼ぎに行く資金をまたことりから借りようとしていた。 「こいつは一体なにを考えているんだ。子供を何だと思っているんだ?!」 おかげさまで目が覚めた。こいつはいつまでたっても変わらない。ほとほと愛想が尽きた。 それから実父とはまったく連絡がとれず(取りたくも無く)どうしようもないまま、 誰にも言えず毎日返済日を気にしながら暮らしていた。 職場の退職金で払おうかとも考えた。 あんなヤツのために仕事までやめなきゃならないなんてと思うと泣けてきた。 殺してやりたくなった。 そんな時、とある縁でネットで知り合った人から「特定調停」のことを聞く。 |

ひとまず10万!!

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